|

※ こんなスイカ見たことない!
もともと、北海道中もっとも品質の高い当麻米の産地として有名な当麻町ですが、過去には米の生産調整、米価の下落など苦労の多い時期もありました。そこで、昭和59年にJAの青年部有志が一村逸品運動として栽培を開始。わずか15名だけのスタートでした。
真っ黒い皮に真っ赤な果肉。一度見たら忘れられない姿です。中を割って見なければ、本物のスイカかどうか信じられない人もいるのではないでしょうか。
※ しかも名前がまたユニーク!
「外見がユニーク」「だれにでも親しめる名前を」という考えから、ユニークな姿や演技で人気の高かった大宮敏光さんの舞台名『デン助』にあやかってつけられました。
また、栽培開始当時は水田の転作が始まり、稲の代わりになる作物を模索していた時でもあり、稲の代わりにスイカを植えて「田を助ける」という「田助」の意味も込められています。
※ 外見だけでなく中身でも勝負!
おいしいでんすけすいかをお届けするために昭和60年に栽培・出荷協定が定められました。出荷するスイカの糖度は11度以上とすることを厳格に定めています。万一10度以下のものがあったら、すべて廃棄処分にするという徹底ぶりです。
また、一株あたりの着荷数は一果に限定。平成11年には空洞、糖度、外観を判定する非破壊選果機を導入し、検査体制を充実させました。
※ 地域ブランド農産物のさきがけに!
そんな生産者のこだわりがでんすけすいかの知名度をあげ、評判はどんどん高まるばかり。でんすけすいかは青果の地域ブランド農産物としてのさきがけとして大成功しました。
6月中旬から8月中旬のあいだ、主に贈答用の高級スイカとして販売されています。一個の重さは8.3キロ。一株一果に限定しているので希少価値が高いだけでなく、一玉が巨大なのです。そのため、一個あたりの小売価格が1万円近くなることがあります。
※ 夫婦円満にも一役買っちゃった?!
天候などで日持ちが悪くなった場合には出荷をストップするなど、ブランドを徹底重視した方針を貫いています。
栽培している農家は、ほとんどが水稲とでんすけすいかの複合経営。しかもハウス内の温度管理、湿度管理などのきめ細かな作業が必要とされます。
そのため育て方が難しく、他市町村の農業団体が「育て方を教えてもらって真似をしても、絶対にそのとおりできない。育て方があまりに難しすぎる」と、舌を巻くほど。
温度管理、湿度管理などの細かい管理には婦人の力がかかせなく、当麻町では夫婦二人三脚ででんすけすいかを栽培している農家が多くみられます。夫婦で協力して、一本一本を心を込めて作っているのです。
夫婦円満にも一役買っているでんすけすいかですが、全国の人に楽しんでいただくために、さらなる努力をしています。
※ スイカの常識をくつがえす?!
一年中、でんすけすいかのおいしさを楽しんでいただくために、冬場でもゼリーやアイスクリームなどの加工品を開発しました。
また、平成3年には商標を登録。1玉入りの黒皮スイカを強調した黒と赤の化粧箱で出荷するようになりました。
黒と赤のコントラストは実際のでんすけすいかの色を連想させるだけでなく、フルーツのパッケージとしては今まで見られなかったクールで強烈なインパクトを与えます。
限定の木箱も用意し、積極的にテレビ、新聞などのマスコミへPR活動を展開。
そのかいあってか、全国農業協同組合中央会(JA全中)、都道府県農協中央会(JA都道府県中央会)とNHKの主催の第35回日本農業賞集団組織の部で、みごと大賞を受賞しました(平成17年度)。
15名の青年から始めた栽培も、すでに四半世紀以上の歴史を持つ、JA当麻の主要農産物となりました。
※ ご贈答に、ご自分用に!
生産者のこだわりと厳しい選果システムにより、信頼のおいしさを確実にお届けするでんすけすいか。ご贈答品にはもちろん、今年の夏は『ご自分用』にも絶対オススメの逸品です。
硬くて真っ黒い肌に包丁を入れて、パカっと実が割れたときに目に飛びこんでくる真っ赤な果肉、そして甘い香り。まさに夏の醍醐味ですね!
|
<当麻町の概要> 中 核市「旭川市」から北東へ約15㎞、車で約30分の距離に位置しています。山と河川に囲まれ、南西部から北にかけては山林地帯を形成、自然の丘陵が起伏し
ながら大雪連峰に連なっています。明治26年、この地に広島・山口などから400戸の屯田兵が入植、明治33年にはそれまでの永山村から分村し、当麻村と
改称されました。昭和33年の町制施行から今日まで、基幹産業である農業を中心として今なお発展を続けています。
|
|